何とか庵日誌

本名荒井が毒にも薬にもならないことを書きつづるところ

春の六十里越




それで板敷越えを逃げ出して、今度は六十里越街道の様子を見てきました。
六十里越街道とは現在の国道112号線、月山越えの区間です。
里はすっかり雪も溶けたというのに、山の方はまだまだ雪が溶け残っていて、ところどころ肌寒さを覚えるほどでした。
そんなところでも確実に春は近づいていまして、ブナの新緑が見事な色合いを見せていたのでありました。
田麦俣の七滝は雪解け水で水量を増し、夏の比ではないほどの轟音をあげ、激しく流れ落ちていました。
朝日連峰の懐、大井沢にも寄ってきまして、大日寺跡と地蔵峠の様子も見てきました。
大日寺はその昔湯殿山詣で栄えた寺なのですが、明治になって廃仏毀釈の煽りを喰らって衰退し、明治末に火事で焼失、
現在は楼門と広い敷地と参詣者が寄進した石碑だけが、往時の名残をとどめています。
地蔵峠はその参詣路となった峠です。スーパー林道計画に組み入れられたおかげで、
山奥だというのにやたら整備されているのですが、いたずらに広さを持て余しているようにも見えます。
もう150年前に整備されていたのなら、便利なことこの上なかったのでしょうけれど。