何とか庵日誌

本名荒井が毒にも薬にもならないことを書きつづるところ

板敷山に行ってきた




薮が茂らないうちに廻れるだけ廻ってしまえと、板敷山に登ってきました。
板敷山は戸沢村古口と元立川町中村の間、
ちょうど郡界にある標高630メートルほどの低山です。
それよりはむしろ、最上峡の山奥と言った方がわかりやすいでしょうか。
かつてこのあたりには、古口と中村を結ぶ「板敷越え」なる峠道があり、
最上川舟運の代替路として、細々と利用されていたのですが、
明治に磐根新道(現国道47号線)が開通したことにより衰退したと伝わっています。
峠好きの荒井ですから、以前より板敷越えを歩いてみたいと思っているのですが、
情報が少なくて、どこがその道かを特定するにも至っていません。
ただし板敷山に関しては、わずかながらも登頂例を目にすることがあったので、
ならばその名の由来となった山に登ってみようと思った次第です。


山は歌枕として平安時代の昔から知られており、かの松尾芭蕉
「おくのほそ道」にも、その名が現れるほどですが、
人の往来が途絶えた今となっては、顧みられることも少なくなりました。
そのためか板敷山に関する情報は非常に少ないです。
なにしろ県別登山ガイドのような本で紹介されることがほとんどないので、
どこから登ってどのような道を辿ればいいかがわかりません。
もちろん地形図にも登山道の記載は全くなし。
それでもいろいろと調べた結果、中村の熊谷神社付近から
尾根筋を東に辿れば山頂に行けるらしいことがわかりまして、
今回の計画決行と相成りました。
熊谷神社の駐車場の片隅には「右くまがい 左やまみち」と刻まれた
大正2年の道標碑がありまして、旧い道の存在を示していました。





尾根筋に取り付けばいいということはわかったものの、
件の尾根筋の前に来ても、一見登山口のような物はありません。
やむをえず近場の急斜面をよじ登り、強引に尾根に出ることにしました*1
杉が茂る急斜面を登攀すること約15分、なんとか尾根にたどり着くと、
半ば薮に埋もれながらも踏み跡が認められました。
どうやら数は少ないながらも、山には人の出入りがあるようです。


地図にない道を行く登山行、明石チーフ風に言えば「ちょっとした冒険だぜ」といったところですが、
今回に限っては勝算がありました。
ちょうど尾根筋には送電線が通っていまして、これを目印にできるのです。
運が良ければ管理道くらいあるかもしれません。
そんな見込みで送電線と合流すると、案の定、それまでの薮っぽい尾根道に代わり、
管理道が現れたのですが、これが下手な登山道以上に整備されており、軽い驚きを覚えました。
周辺には木を伐採した跡もいくつか見られますので、
管理道としてしかるべき整備がされているのでしょう。





しかし、やたら立派な管理道は程なく雪の下に消えます。
こうなったら自分で道を作りながら先へ進む以外ありません。
薮をかきわけ、次の鉄塔めがけて急峻な崖を強引に登り、
雪の踏み抜きに悩まされつつ、道なき道をつきすすむ羽目になりました。
管理道を見たときは「この調子なら楽に山頂まで行げそうだな」と思ったものの、
そうはいかないのが世の中というものです。
「板敷」とは、あまりの急峻さに「痛みつく」ようにして登ったから
その名があると俗説に謳われますが、なるほどこれならそうも言いたくなるでしょう。





そして決断の時は訪れます。
じきに送電線が深い谷筋を越える場所に行きつきますので、
ここで一旦送電線を離れ、谷筋を迂回して再び送電線と合流しなければなりません。
その迂回路というのが道なき森の中を通るというものでして、
下手すれば迷って遭難する可能性さえ考えられます。
ここで引き返すこともできますが、ここまで来たからには山頂を踏みたいのも事実。
ひととおり逡巡した後思い切って木立に飛び込んだところ、
意外に道はわかりやすく、迷うこともなく無事再び送電線に合流することができました。
ここまで来れば、山頂まではもうすぐです。





かくして2時間半ほどの歩きでようやくたどり着いた板敷山は、
予想以上にすばらしい場所でした。
山頂には三角点が置いてあり、ちょうどそこのところだけ雪が溶け、
登山者を歓迎しているようです。
あいにく靄のおかげですっきりとは見えませんでしたが
東には新庄の盆地、西には庄内平野が見事に広がっています。
目をこらせば杢蔵山や神室連峰まで見えました。
天気が良ければ月山や鳥海山さえ一望にできることでしょう。
なるほど、確かにここは最上と庄内の境です。





送電線は郡界を越え、さらに戸沢村へと続いています。
管理道は戸沢村の方が整備されているようで、
送電線のところだけすっかり苅り払われ、積もった雪が白く帯を描いています。
今回は庄内側から登りましたが、登るだけなら
戸沢側から近づいた方が難易度は低いかもしれません。


尾根筋を辿るわかりやすさと送電線という格好の目印があるゆえ、
板敷山は比較的道は追いやすいですが、
やはりそれら地形を見ながら現在地が割り出せる程度の読図術が必要です。
断続的な管理道はありますが登山道はなきに等しく、
それゆえに案内書で取りあげられることも少ないのでしょう。
今回の山行でようやく板敷越えについてある程度語れるネタが集まったので、
そのうち拙サイトで紹介しようかと思います。
最上の峠の中でも、特に取りあげたかったので!

*1:その後もっと楽に上れる道があることが判明しました(泣)