何とか庵日誌

本名荒井が毒にも薬にもならないことを書きつづるところ

背坂峠に行ってきた




天気はよくなかったんですが、藪が茂るよりはましだと背坂峠に行ってきました。
背坂峠は最上町上満沢と尾花沢市岩谷沢の間にあるんですが、
それよりも「おくのほそ道」に出てくる山刀伐峠の隣の峠と言った方がわかりやすいでしょう。
県道が通る一方歴史の道として旧道も整備されている山刀伐峠と違い、
背坂峠はなかば見捨てられた道で、今や人影も絶えてしまっているのですが、
かつては小国郷と尾花沢の間を結ぶ主要道として、山刀伐峠以上に利用されており、
特に小国郷で育てられた馬が他の地方に売られていく際の通り道でもあったという、
馬産地小国に縁の深い峠でもあります。
峠は向町と尾花沢を最短距離で結ぶ位置にありまして、向町からは基本的に道一本で行けます。
なるほど、これだったら馬や人が通るに非常に都合がよかったに違いありません。


峠の中腹に鉱山があったおかげか、そこまでは小型自動車なら一応通行可能な砂利道が続いているのですが、
そこから先は藪に埋もれ、地形図とにらめっこしながら、わずかに残ったけもの道を追っていくことになりました。
地形図と実際の道筋が違っている場所もありまして、何度も登りつ下りつ、場所を確かめながら登ったため、
距離にして2キロほどの道のりを、2時間以上かけて歩くというありさまです。
はっきりいって、道はあってないようなものです。地形が読めなければ遭難は必至です。
遭難しないよう、途中途中で棒を地面に突き立てて目印代わりにするなんてことまでやりました。
とはいえあたりではブナの美林が見事な新緑をつけており、苦しいだけの道中ではありません。


かくして鞍部にたどりつくと、小さなお地蔵さんと旧い馬頭観音碑が出迎えてくれます。
道中の安全を願ってここに建てられたのでしょう。かつてこの峠が、盛んに利用されていたことの証です。
特に馬頭観音は、小国郷が馬産地だったことを思い起こさせるものでした。
道はさらに尾花沢側へと続いているようなのですが、ここで道跡がよくわからなくなったことと、
天気か下り坂に向かっていたこともありまして、ひとまず最上町側の探索だけで今日は引き上げてきました。


一応尾花沢側の取り付きも確認してきました。岩谷沢地区には「背坂峠入口」の標柱こそありましたが、
道路工事のため、しばらく峠口には近づけない状態でした。
山刀伐峠に隠れ、現在は顧みる人も少ない背坂峠ですが、それだけに今回の探索は味わい深いものがありました。
尾花沢側も折を見て探索の予定です。


ところで山奥の峠にもかかわらず、鞍部に食べ殻の包装や、空き缶・空き瓶などが転がっていたのは
非常に残念でした。自分が出したゴミは、里に持ち帰ってきちんと処分していただきたいものです。