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何とか庵日誌

本名荒井が毒にも薬にもならないことを書きつづるところ

キーカチャカチャ

 「若者のパソコン離れ」みたいなニュースを、最近しばしば目にします。曰く、スマホタブレットが普及して、昔ながらのキーボードやマウスを使うパソコンなしでもコンピューターの恩恵を享受できるからなんだと。キーボードやマウスに抵抗がある、なんて話もちらほらとびこんできます。
 たしかに昔と比べてコンピューターの操作はかんたんになりました。言語とかハードとかの知識がなくとも、昔以上に高度なことがやすやすと、しかも直感的な操作でできてしまいます。
 しかし電気屋さんとかのパソコン売り場を観察してみると、子供さんや若い方々が、パソコンの前に立って、キーボードをてきとうにカチャカチャと押している姿はよく見ます。
 とうぜん、意味のある操作なんかしていません。てなぐさみにデタラメにキーを押して遊んでいるだけです。その様を眺めるうち、自分がはじめてパソコンに触れたときことをおもいだしたので、こんな文をしたためてみます。


 そのむかし、荒井がまだ「ナイコン族」だったころ。父親に連れられて、近所の電気屋さんに行ったときのことです。父の用事のついでに連れられていったので、用事の間邪魔にならないよう、これで遊んでしばらくおとなしくしていろと、店の片隅の机の前に座らされました。そこにあったのが、電源の入ったパソコンでした。たしか日立のベーシックマスターだったか。画面にはBASICの初期画面が表示されてありました。
 パソコン*1という道具の存在は知っていましたが、実物を目にするのはその時がはじめてです。とうぜん当時はBASICだのマシン語だのを知っているはずがありません。持っている知識は「じぶんがめいれいすれば、コンピューターはそのとおりになんでもやってくれるんだ」程度のもので、もはや知識なんてレベルじゃありません。
 で、そのとき荒井は何をやって遊んだか。やはり「キーカチャカチャ」でした。デタラメにキーを打ち、モニターに現れるデタラメな文字列を見て、あぁ、もじがでったな、ぼくはコンピューターをつかってだぞ、と思うくらいのものです。プログラムを組むでもなく、ゲームで遊ぶでもなく。何も知らないんですから、意味ある操作などできるはずがありません。
 ところが。荒井はガッカリするどころか、むしろ「コンピューターはおもしぇえなぁ!」と、キーカチャカチャでけっこう楽しく遊んでいたのです。


 おそらく、現在キーカチャカチャをしている子供さんや若い方々は、パソコンに何かをさせようとしてカチャカチャやっているわけではありません。そこにキーがあるからカチャカチャやって、パソコンを操作したつもりになっているだけでしょう。その感覚は、おそらく荒井がベーシックマスターの前でやっていた感覚と、あまり変わりはないはずです。
 その後、荒井はパソコンやBASICに関する知識を次第に身につけていって、デタラメではコンピューターは動かせないことを学ぶわけですが、入り口がキーカチャカチャだったことに変わりはありません。


 まぁ、キーカチャカチャよりかんたんな操作で思うことができてしまうこと、キーカチャカチャからもう一歩踏み出させる何かが欠けていることが「若者のパソコン離れ」ということなんでしょうが、今の若い方々もキーをカチャカチャやっているのを見つけると、キーボード操作はあんがい抵抗なく受け入れられるものなんじゃないかとおもうのであります。

*1:当時はまだ「マイコン」の名称の方がしっくりくるものでした。