読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

何とか庵日誌

本名荒井が毒にも薬にもならないことを書きつづるところ

大洞寺に行ってきた

f:id:fukenko:20170319102815j:plain


 かねてから行こうと思っていた、大洞寺にようやく行ってきました。大洞寺は鶴岡にある曹洞宗の寺院です。なぜ荒井がそんなところに行こうとおもったのか。なぜなら、ここには斎藤学さんのお墓があるのです。


 斎藤学さんは、80年代後半に活躍したゲーム音楽家です。「ユーフォリー」「38万キロの虚空」等々、数々のシステムサコム作品に携わり、多くの名曲を遺しましたが、1992年、病気により22歳の若さで、惜しまれつつ亡くなりました。
 その彼が関わった作品のひとつが、こないだ荒井がクリアした「幽霊君」です。「幽霊君」についてあれこれ調べるうち、斎藤家の菩提寺が旧藤島町の大洞寺であり、彼の墓がわが山形県にあることがわかりまして、だったら山形のレトロゲームファンとして墓参りに行かねばと思いたち、冬が終わって天気も良くなった今の時期、とうとう行ってきたという寸法です。


f:id:fukenko:20170319102321j:plain


 大洞寺は旧藤島町の中心部にあります。酒田にも同じ地名がありますが、そちらではありません(おい)。彼岸の日曜日で天気もよいということで、花や水桶などを手にした墓参りの方々で賑わっていましたが、斉藤家の墓参りに来たのはどうやら荒井だけのようです。ご遺族の方々は山形から離れた土地で暮らしていらっしゃるので、ちょくちょく来られるわけでもないのでしょう。
 今の時期の庄内なので、すっかり雪は消えています。先月下見に行ったときは、まだあたりは雪だらけでした。


f:id:fukenko:20170319103037j:plain
f:id:fukenko:20170319102740j:plain


 彼が眠る斉藤家の墓は、墓地の南のほうにあります。白い御影石に「斉藤家之墓」と刻まれているのでこれだろうかと墓碑を確かめてみると、「学」の名があるので、これでまちがいないようです。命日は平成4年10月1日。山形はちょうどべにばな国体で盛り上がっていた頃でしょうか。戒名は「紘学清韻居士」。やはり音楽家であることにちなんだのでしょう。
 山形に墓があるのは、斎藤家のルーツが当地にあるからのようです。お父上は少年期を山形で過ごされたとか。墓にはもうひとり、昭和14年に亡くなられた方が眠っておられます。こちらは学さんのおじいさんでしょう。「維持平成五年」の銘から察するに、古くからあった墓を、学さんの逝去にともない建て直したようです。


f:id:fukenko:20170319102937j:plain


 というわけで思い出の品を供えて手を合わせ、名作への感謝とお礼にと、謹んで墓掃除をしてまいりました。妙なヤツが来たと草葉の陰から思われたことでしょう。
 もし今でもご存命だったら、古代祐三さんのような大ゲーム音楽家や、クラシック音楽家になられていたのかもしれません。ことしで没後25年。今でも夭折が惜しまれます。


 藤島町は、ウド鈴木さんの出身地として全国的に有名です。その一方で、レトロゲーム好きなら、斎藤学さんが眠る土地であることも覚えておいてほしいなぁとおもうのです。鶴岡にある有名人の墓は、加藤清正公だけではなかったわけですな(おい)。