何とか庵日誌

本名荒井が毒にも薬にもならないことを書きつづるところ

「スーパートリトーン」に関する一家言

ザインファンにはおなじみ「スーパートリトーン」(おい)

www.4gamer.net


 先日、EGGコンソールでザインソフトの「スーパートリトーン」が配信開始されました。自分はずいぶん昔に拙サイト用に同作の攻略記事を作ってまして、出来は微妙みたいなことを書いてたりしますが、その割に、具体的にどこにガッカリしたかについては触れていなかった気がします。

ご存知「トリトーン」。
あのBGMより評価すべきは変化のあるマップだとおもう

 オリジナルの「トリトーン」は、何より探索が楽しいゲームだとおもっています。
 「トリトーン」のフィールドは変化に富んでいます。よく見るとマップは異なるグラフィックで描かれた小規模な洞窟やダンジョンをいくつも詰め合わせるような形で構成されています*1。これら洞窟間は出入口の他、地形や仕掛け、距離や高低差などで区切られていて、見えているのにすぐには行けない場所、というのが多数存在します。あそこに行きたいけどどうすれば?とプレイヤーは右往左往することになるのですな。

青の妙薬の力で対岸の入口めがけてジャンプ!
「トリトーン」の楽しさを端的に表す展開

 そして「トリトーン」が巧みなのは、それら洞窟間を往来するには、アイテムによる成長を必須としたことでした。トリトーンの身体能力を上げる妙薬、秘密の扉を開けるカギやロウソク。「トリトーン」は、戦闘と探索によってレベルを上げた上、これら宝物を手にしていくことで、徐々に新しい場所へと踏み込める作りになっています。
 探索を促す変化に富んだマップ。見えているのに行けなかった場所にたどり着いたときの喜び、さらにその先の未知の空間へと進む興奮。この比類無き「成長するほど目に見えて行けるところが増える楽しさ」こそが、「トリトーン」一番の魅力であり、同作を名作たらしめている最大の理由である、と荒井はかんがえています。探索型サイドビューアクションゲームの元祖と見做される「メトロイド」や「悪魔城ドラキュラ」が登場するのが1986年のこと。その前年の「トリトーン」は、すでにその楽しさをかなりの水準で備えていたのです*2

「スーパートリトーン」より。絵こそきれいにはなったが…

 ひるがえって。「スーパートリトーン」は、グラフィックスこそ美麗になったものの、フィールドのデザインがなってません。ところどころで背景こそ変わるものの、メインフィールドの洞窟は障壁もなくひとつながりで実は単調。少々レベルが上がった状態なら、だいたい踏破できてしまいます。道を拓くアイテムの効果もちぐはぐ。徐々に行ける範囲が広がる楽しさに乏しくなっていました。敵を倒してレベルを上げていればなんとなく先へ行けてしまう、ではダメなのです。探索の結果、目に見えて行けなかった場所に行けるようになる、というブレイクスルーこそが、「トリトーン」の肝なのですから。
 「グラフィックはきれいだけど、どこが『スーパー』なんだ…ガワだけで中身が詰まってないハリボテじゃないか…これじゃただの『トリトーン』の方が断然面白い!」と、当時の荒井少年の落胆はいかばかりか。これをワゴンセール700円で叩き売った近所の電巧堂の判断はつくづく正しかったんだ…*3

探索の楽しさこそ「トリトーン」の魅力。
そこをこそスーパーにしていただきたかった

 セーブがメモリにしかできないとか、ペイ・バルーサが一撃でやられるほど弱いとか、レベルが最高になるとマジックボールが撃てなくなるとか妙薬が4つしかないとかあれこれ問題点はあります。しかし何より荒井がガッカリしたのは、この「トリトーン」最大の魅力であった、成長するほど行ける範囲が徐々に広がる楽しさがすっかり骨抜きにされていたことでした。もっと探索しがいのある、ワクワクするようなフィールド構成だったら、多少の問題点は目を瞑れたのに!(泣)

*1:ARPGでよく言う「箱庭のようなマップ」とはこういうことを指すのだろう。

*2:だから荒井は「メトロイドヴァニア」なる単語が好きでない。あれは「トリトーンライク」ゲームだ!(無理)

*3:ちなみにそのワゴンセールにはMSX版「グラディウス」とか「ツインビー」もあったとか。こちらを買いたかったよ…