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本日もMSXプログラムネタ。今回はゲームではなく音楽プログラム。ログイン86年4月号より「運命」です。
「運命」とはベートーヴェンの有名なあれ(おい)です。そのとおり本作はベートーヴェンの交響曲第5番第1楽章を演奏するというもの。それをなんとMSXで。実に果敢な試みです。
総譜を見る限り、交響曲は30人程度の編成用に書かれています。対してMSXは内蔵のPSG3声。オリジナルの10分の1です。FM音源なんてものは使いません。

平たく言えばベートーヴェンの「運命」です。
演奏時間は約9分。有名な冒頭の主題こと「ジャジャジャ・ジャーン」のとこだけ演奏してみました*1なんてチャチなものでは断じてなく、1楽章をフルで演奏しています。「ソナタ形式」なんて40年ぶりくらいにおもいだしたぜ(おい)

バグ採りが厄介だぜ
プログラムは約4ページ。その大半はPLAY文で、なんとBASIC備え付けの素のMML*2のみで書かれています。音飾は主にエンベロープと音量の変更によるもの。ディレイ・デチューンや高速アルペジオといった、マシン語でPSGをぶん回すようなテクニックは使用しておりません。
PSG3声、しかもBASICの命令のみによるサウンドだけで物足りなくないだろうかとおもいきや、再生してみると、そんなことを全く感じさせません。むしろPSG3声のために作られた交響曲を奏でているのではないかという気さえしてきます。聴き応えは十分。音色にも工夫が見られます。演奏が終わると万雷の拍手の効果音が入るところなど、遊び心と洒落っ気も忘れてはいません。

作はかの斎藤学さん。レトロゲーマーには「ユーフォリー」「38万キロの虚空」「幽霊君」等のシステムサコム作品でおなじみの名音楽家です。
当時ログインには「パソコンおもしろ人間大集合」なる読者投稿コーナーがありました。その一環として同誌では、パソコンで様々な音を鳴らすプログラムを読者から募集して競い合う企画「パソコンサウンドパフォーマンス」を開催していました。本作はその企画に斎藤さんが応募した作品で、見事第2回グランプリを獲得。ご尊父彰さんのホームページ*3でもこの企画について触れており、「一等賞を取ってローランドのピアノをもらった」と述懐しています。

斎藤さんの音楽的素養の基本がクラシックで、特にベートーヴェンを敬愛していたことは、件のホームページで語られています。自ら「埼玉のベートーヴェン」を標榜し、ベートーヴェンのピアノソナタに親しみ、ウィーン留学時にはベートーヴェンの墓参も果たしています。
「運命」にPSG用の楽譜はなかったはずです。ベートーヴェンもPSG3声向けには書いていません(当然だ)。おそらくこのPSG版は、斎藤さん自身が編曲したものでしょう*4。原曲を聴きこんで理解を深めてこそ可能となるアレンジ。ある意味無茶でもあるこの「運命」からは、学少年の楽聖に対する底なしの敬意と憧れ、そして挑戦心を感じます。

斎藤さんは中学時代にファミコンに触れたことをきっかけに、当時のコンピューター音楽の稚拙さに不満を抱き、芸術的なコンピューター音楽を志向するようになったのだとか*5。その芸術的なコンピューター音楽を追求した所産の一つが、この「運命」なのだとおもいます。
ちなみに斎藤さんがこのプログラムを作ったのは、システムサコムに入る前、15~6歳の時のこと*6。つくづく驚くより他ありません。
*1:80年代当時、ゲームオーバー時のジングル等でこの主題部分を使っているコンピューターゲームや自作ゲームは、けっこう見かけたものでした。
*2:Music Macro Language。コンピューターで音楽演奏データを記述するための言語のこと。BASICのPLAY命令で音楽を演奏するときは、これで楽譜を記述してやる必要があります。
*3:Internet Archivesで一部見られます。Wikipediaの「斎藤学」のリンクから辿るのが早いです。
*4:リストをはじめとするピアノ編曲版がいくつか存在するようなので、それを下敷きにしたのかなという気はする。
*5:小学館の「FMレコパル」等の雑誌でも、コンピューターでクラシックを演奏するプログラムをいくつか発表していたらしい。
*6:掲載が4月号で、斎藤さんが1月生まれであることを考慮すると、製作していたのはおそらく15歳の時だろう。