何とか庵日誌

本名荒井が毒にも薬にもならないことを書きつづるところ

賀曽利さんとの湯巡りその四


この日「ゆ・ら・ら」では、二人分の空き部屋がなかっため、
相部屋で泊まることになったのですが、
そのおかげで賀曽利さんがどのように原稿を書き、送信しているかを、
目の当たりにすることができました。
夜中にうつらうつらとしていると、襖を隔てた部屋の上がり口のところから、
パソコンのキーを叩く音が聞こえてきます。
賀曽利さんが原稿を書く音でした。


昼に暑い中方々を走り回り、十湯以上の温泉に入るというだけでも疲れることなのに、
さらに夜中に起きだして、その日送信する分の原稿を仕上げるということを、
「300日3000湯」の旅の最中、賀曽利さんは毎日こなしています。
その様子は「果たして十分に休めているんだろうか?」と、
荒井が心配になってしまうほどでした。


賀曽利さんの記事には、頻繁に「五分寝」「十五分寝」という言葉が現れますが、
それは僅かな時間を見つけては、少しでも身体を休めるためのものです。
「好きなだけ旅をして、好きなだけ温泉に入ってお金がもらえるなんて」と思う方もいるかもしれません。
しかし休養目的の「湯治」と違い、「旅」は相当に疲れる行為です。
さらに「300日で3000湯に入る」という目標があり、
毎日その様子を報告することがいかなる激務であるかは、容易に理解できることです。
温泉に入っているときも、絶えず携帯電話を操作して速報を送信したり、
メモ帳に入浴料金や泉質などを記録したりと、絶えず手を動かしていました。
もし一般人が同じことをすれば、わずか数日で旅を続けるのが嫌になるでしょう。


さて、翌日は寒河江の市民浴場、ビジネス旅館高嶋屋の高嶋温泉、
天童温泉の共同浴場、仙台市作並温泉などを廻ることになりました。
中でも印象に残ったのは寒河江温泉です。


寒河江温泉」とは、寒河江駅近くに沸く源泉を共有する、いくつかの宿による温泉なのですが、
どこに行けば入れるのかがよく判りません。
そこで賀曽利さんは使い古して年季の入った温泉旅館ガイドブックを取り出し、
寒河江温泉」に属する宿に片っ端から電話をかけ、入浴可能かどうかを問い合わせていました。
普通の人間だったら「見つかりそうにないし今日はもういいや」と諦めそうなものなのですが、
その姿に賀曽利さんの情熱というか、執念のようなものを見たのでした。
その甲斐あって、「割烹旅館吉本」というところが日帰り入浴を受け付けていることが判明し、
無事入れることになったのでした。


さっそく「吉本」に行ってみると、当日開かれる「鮎まつり」に備え、
催しの飾り付けをしたり、福引きの景品を展示したりと、慌ただしく準備が進められているところでした。
明らかに営業中という様子ではなかったのですが、にもかかわらず女将さんは、
「ようこそ来て下さいました。申し訳ございませんが、あいにく男湯はお湯を落としてしまいましたので、
女湯でもよろしいですか?」と、快く我々を出迎えてくれたのでした。
しかもご主人は「今すぐ男湯にお湯を入れますから、入っていくといいですよ!」とさえ言ってくれたのです。


おそらく我々は営業していないところに「日帰り入浴したいのだけど」と電話を入れていたのでしょう。
宿は「お湯は落としたし、準備中で忙しいし」と断っても良いような状況なのですが、
せっかく来たのだからと、忙しい中できる限りのもてなしをしようと心を尽くしてくれたのです。


出羽三山、蔵王、山寺、銀山等々...
田舎とはいえ、山形には全国的に有名な観光名所が多々あります。
それらは確かに素晴らしい場所ですが、昨日の富本温泉といい、この「吉本」といい、
それ以外のあまり知られていないところにも、山形の魅力は溢れていました。
荒井の知らないこのような場所は、他にもたくさんあるに違いありません。
来年にでも機会を作って「吉本」の鮎まつりに行きたいものだと思ったのでした。